「這えば立て、立てば歩めの親心」
「這えば立て、・・・の親心」とは、常に親が子への成長、そのはやる心を表すことわざ。
・・・嗚呼!親とはかくも、子の身を、そのおいさきを案じるケナゲな生きもの!
ところでよく考えると、親って、ある面で子供の心と似た動きだな、とは?
・子心 = 「早く・・・ようにならないと!」の気持ち ⇒ 自身に向け
・親心 = 「早く・・・ようにならないと!」の気持ち ⇒ 目下に向け
「バカバカ!なんで早くできない!ダメホラホラ違う!なぁ〜に・・・ったくもぉ〜!」
・・・アセる点、強迫観念が、親子の感情にはついてまわる。
精神を病む子の共通は、特異な一貫性か、矛盾を許容量を超えて抱える、といいます。
その原因、強烈で一方的な親の影響が、現実を観ようとする子の能力を奪うから、とされます。
乳児を早く立たせ、歩かせようとすると、かえって変な歩き方や悪い姿勢を覚えるとも。
・・・胎教や英才教育を否定はしませんが、その前に、子の特性や許容量を観る。
はやる気持ちを抑え、その子の特性を観・・・さらに観える方法に倣う。
心理学交流分析では「アダルト」とよばれ、 心身ともリラックスすると現れやすいとされます。
ただ、強烈な親や社会の抑圧(殴る蹴るより放置が最悪)から解放されたアダルトは汚染がひどく、
「リラックスさえ・・・」は危険。 正しいアダルトとは、「和睦や親睦」を願い、実行できる心です。
内なるその人格に子の成長プランを立ててもらう、・・・“観る能力”の会得、子を教える以上に必要。
いずれにせよ、「アセりは禁物」と解釈できる、ことわざでありました。